教えること

職業適正検査では常に適正の職業は「教師」と出る。特に小さい頃からそれに対し憧れも何も抱いていなかった。しかし何故か今、「人に教える」仕事をすることが多い。

 小さい頃からダンサーだったのでダンサーのまま、おばあちゃんになりたかったけれど今は人生が少し違う方向へ進んでいるので流れに身を任せようと思う。ダンスでまた生計を立て、舞台に立つとなると私の場合、毎日8時間以上はその分野を練習しないと無理だろうね。ダンスは、今のからだ訓練とは全く別モノで、さらに解放して思考を全て手離さないといけない以前は感情豊かが全てだと思っていたので全てを出して踊っていた。でも精神がついていかなくて日常生活に支障を来たし、感情がむき出しなために人にも迷惑をかけていた。最終的には自分のダンスで見に来て頂いた人の感情に刺激が与えられ、パニックになった人が何人かいたこと、自分のダンス、それを表現するということから、発信する責任というものをすごく感じるようになったこと、そしてダンスに対しての情熱など・・いろんな理由があって、しばらくそこから踊るのを控えて今に至る。

今は地道にからだ感覚の向上と精神への体力作りをして、またいつか踊りたいと思っている。

私の尊敬する舞踏家「大野一雄」氏も90歳になっても踊っていた。車椅子から踊る姿は芸術そのもので、ただ手をあげている動きなのにダンスそのものだった

老年期の彼の作品の中で衣装か肌か分からない姿を見た時の衝撃はスゴかった。自分もその歳まで生きていたら踊る芸術そのものになっていきたい。

ちなみに大野さんも昔は学校の体育の先生をされていた。

 「教えること」私が教師として非常に尊敬している人が1名いる。インドの身体障害児の学校のボランティアで出会った、オランダ人の女性教師。

彼女には情熱しかなかった。彼女は自分の許容範囲をよく知っていて、そこに妥協が無い。愛しかない。ヴィパッサナ的に言えばメッターしかないのだ。

だから普段は落ち着きのない子供達も彼女が教えるときは身を乗り出し、彼女のお話を楽しそうに聞いている。それはアートであり、そこに責任を持っていた

まさに私の理想の教師だった。

 

さて自分。

今年は久しぶりにティーチャーズトレーニングを病院内で行った。私は、頭で考えるより実践し経験値を増やしていくことを重要視している。人と接して生の声を聞き、生のからだに触れ、一緒に動く。そこに情熱と優しさと責任感があれば自然に勉強を深くできるようになる。そしてその1つでも欠けているのであれば

今すぐその仕事は辞めた方が良い。人に迷惑をかけ、今度は害を与えてしまうから。と冷たいようだが、それは自分の信念。。

教えるといってもティーチャ−ズトレーニングでもクラスでも常にいつも教えられることも同じくらいあり、そこでエネルギー循環をしている。

動きに正解は無い。10人いたら10人の正解がある。でもそこにベースが無いと自由すぎるのであえて私は今のボディワークスのべ−スを多くの人が共通して持ち合わせている骨・筋肉・血液循環・などのからだシステムに置いている。

 そしてそこに生じる感覚と呼吸、ここからはみんなそれぞれ違う。通常と言われるカラダに比べ、不自由とみなされる先天性異常や事故や病気で通常と言われるカラダから離れている人々のカラダにもとても興味があり、そこに対するボディーワークスも地道に勉強して行きたい。

 

今回、奉仕として参加させてもらったヴィパッサナメディテーションからはまた多くのことを学ばせて頂いた。

「からだと心に生じる痛み」これは85%は「気のせい」ではないだろうか・・・

 病院内でクラスを行っている分、そんなことを軽く言うとドクターや患者様から怒られそうだけれど、元になっている痛み、もちろんこれには様々な原因がある

カラダのシステムの異常・二足歩行の私達が重力と上手に共存しながら生きていくためにはやはり骨と筋肉で内臓を支えないといけないし、自然が作ったカラダのサイクルを流すためのシステムがなんらかの影響で滞ったらそこに何か生じるには事実。また陣痛などの神が与えた自然の法則からの必要な痛みなどいろんな痛みがある。

 痛い→いつも意識がそこにいって囚われらだす→そこをかばいだす→痛くない場所でかぼおうとするから他にも無理が生じて痛みの大きさが増す→余裕がなくなる

 これはからだも心も同じシステムだと思う。

 

今年の勉強の目標

痛みの場所をピンポイントに見つけるために、そのまわりの痛いと思って勘違いしているベールを取り除く作業。

ピンポイントを見つけたあとの作業はいろんな方向からの、さらに高いレベルが必要なのでまだまだ先でもきっとそこからは早い作業なんだと思う

 ベールを取り除く作業は深いので時間がかかる。私は今の自分のできることをあらゆる角度から探求していきたいと思う。

またそれをみなさんにシェアできる日を楽しみにしています。

 

沖縄より大きな愛を込めて